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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(オ)729号 判決 1982年10月19日

上告人

古橋高治

右訴訟代理人

梅沢和夫

被上告人

愛三商工株式会社

右代表者

大橋文雄

右訴訟代理人

深見章

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

右部分につき本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人梅沢和夫の上告理由について

一原審は、(1) 訴外清水吉雄(以下「吉雄」という。)は、上告人から、同人所有の本件土地を賃借し、同地上にゴルフ練習場用建物、鉄柱等(以下これらを総称して「本件建物等」という。)を設置してこれらを所有していた、(2) 被上告人は、昭和五〇年七月ころ、当時吉雄が右ゴルフ練習場の経営を任せていた同人の息子である訴外清水光美から、吉雄の同意のもとに本件建物等を本件土地の賃借権とともに譲り受け、じ来、本件土地を占有するに至つたが、右賃借権の譲受けについて上告人の承諾を得なかつた、(3) 上告人は、昭和五一年一月一六日、吉雄との間で、本件土地についての賃貸借契約を合意解除し、被上告人に対し、吉雄から右土地上の本件建物等を上告人において処分してよい旨の承諾を得たと主張して、これを否定する吉雄の申入れを無視して、同年三月二一日本件建物等を取り壊した、(4) 上告人は、右取壊しについて被上告人代表者から建造物損壊の罪名で告訴され、警察の勧告もあつたため、解体残材を地上に放置したままの状態で作業を中止した、(5) その後、上告人も被上告人も本件土地を利用していない、との事実を確定したうえ、

(一)  被上告人は、元来本件土地を占有すべき何らの権限もないのに地上に本件建物等を所有することによつて本件土地を不法に占有していたものであるから、上告人に対して本件建物等を収去し本件土地を明渡す義務を負担していたものであつて、本件建物等が解体されてもその残材を搬出せずになお本件土地上に放置している以上、右の不法占有の状態は解消されないというべきであること、(二) 上告人の本件建物等の損壊行為は自力救済的違法行為に当たるから、被上告人は上告人に対して、別途右損壊によつて被上告人の被つた損害の賠償を請求することができるが、そうであるからといつて、被上告人は上告人に対する本件土地の明渡義務を免れることはできず、上告人の被上告人に対する土地明渡請求権の行使をもつて権利濫用と目すべき理由はないこと、(三) しかし、被上告人は、上告人が本件建物等を損壊した昭和五一年三月二一日以降本件土地を占有することによる利益をほとんど享受していないのであつて、上告人の被上告人に対する同日以降の本件土地占有による損害賠償請求権の行使は、これによつて被上告人が被る不利益と比較すると著しく権衡を失しているものであるから、正当な利益を欠き、権利濫用として許されないものというべきであること、との判断を示し、上告人の被上告人に対する本訴損害賠償請求のうち、上告人が本件建物等を損壊した昭和五一年三月二一日以降の請求を排斥した。

二しかしながら、原審の確定した事実関係によれば、上告人は、被上告人による本件土地の不法占有により、右土地の使用を妨げられているのであるから、特段の事情のない限り、これによつて、上告人は本件土地の賃料相当額の損害を被つているというべきであり、上告人の被る右損害は、上告人が本件建物等を違法に取り壊したために被上告人において本件土地の利用を継続することができない不利益が生じたからといつて、これを上告人が甘受しなければならないものではないというべきである。被上告人は、上告人の本件建物等の違法な損壊によつて損害を被つた場合には、その填補のために上告人に対する損害賠償の請求が許されるのであるから、被上告人の本件土地占有によつて上告人の被る損害の賠償請求権行使の許否を判断するに当たつては、被上告人所有の建物自体の損壊による損害の発生を顧慮する必要はないというべきである。

そうすると、他に上告人の本訴損害賠償請求を排斥すべき理由を示さず、単に前記のような上告人及び被上告人に生じる各不利益を比較考量しただけで、上告人の本訴損害賠償請求のうち、昭和五一年三月二一日以降の請求部分を棄却すべきものとした原審の判断は、民法一条三項の規定の解釈、適用を誤り、ひいては理由不備の違法を犯したものといわざるをえない。

三そして、右違法は、原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中損害賠償請求についての上告人の敗訴部分は破棄を免れないところ、右請求部分の当否についてなお審理を尽くす必要があるので、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(伊藤正己 横井大三 寺田治郎 木戸口久治)

上告代理人梅沢和夫の上告理由

一 原判決は、民法第一条第三項に定める権利の濫用の法理につき、解釈並びに、適用を誤まつた違法がある。

原判決は、昭和五一年三月二一日以降の使用損害金の請求を、権利の濫用として棄却している。その理由とするところは、判決理由二、(三)にほんの僅か述べられているが、要するに、次の三点であろう。

① 上告人による建物等の損壊があつた。

② 右により被上告人の土地占有による利益は、殆んど、享受できなくなつた。

③ 損害金の支払は、被上告人にとつて、大きな不利益である。

二 右のうち、①はその通りである。しかし、建物等の損壊は、土地の占有による損害とは別の問題であり、現に被上告人は、上告人に対し、損害賠償請求訴訟を名古屋地方裁判所岡崎支部に提起しているのである。この訴訟との関係を全く無視した原判決は、予断にとらわれたものとしか、云いようがないのである。

三 ②について云えば、原判決は事実の誤認から出発している。すなわち、被上告人が、昭和五〇年七月から、ゴルフ場として経営していた、と認定しているが、そのような証拠は、全くなく、建物等は営業に耐えられる状態ではなく、休業を続けていたのである。

被上告人はもともと、金融業を営み、賃金の代物弁済として、本件建物等を取得し、そのまま放置していたもので、「土地占有による利益」なるものは、無かつたものである。原判決のいう「土地占有による利益」なるものが、何を指すのか不可解である。

四 ③については、不可解な理論という外はない。金銭の支払は、金銭の支払であつて、それ以上の何物でもない。金額が大きくなるのは、占有された土地の価額が、大きかつたからに、外ならないのである。

また、被上告人が損害金の支払を免れるためには、早期に建物を収去すれば足ることであり、まして、昭和五一年三月二一日以降は、残材が残つていただけであるから、容易に取片づけて土地を明渡すことが、できたのである。更に本件訴訟になつてからは、尚更のことである。しかるに、被上告人は、応訴を続け長びいたものである。原判決は、これらの事情を無視しているのである。

五 以上、原判決が、権利の濫用とする理由は、全く理由がなく、原判決は、解釈と適用を誤まつたものである。

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